マミコ
私にとって忘れられないネット友達について、少し話をしようと思います。
最後まで顔も見る事が出来なかった私達の2年間、ほんの少し切ない気持ちになったのでよければ聞いてください。
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ただの暇つぶしにしたチャット
今年結婚を控える私が、まだ婚約者にも出会う前の事。
私は26歳で彼は22歳、たまたまチャットで知り合いました。
どっちが誘ったのかはもう覚えてないけれど、LINEの交換をする事になりしました。
彼の名前はヒロ。
東北の田舎におばあちゃんと二人暮らしをしていました。
関西に住む私とは違う方言に、少し珍しさや好奇心を抱いたのを覚えています。
彼は左官屋で、東日本大震災の影響から仕事が忙しく、毎日ひたすらに働いていました。
その忙しさは月に1日しか休みが無いほど。
たわいもない会話ばかりでしたが、多忙なヒロと筆不精な私のLINEはいつからか毎晩の電話になっていました。
天気や親方の事、壁の塗り方の話から雪道の走り方の話、ヒロの話しは私にとって毎日の楽しみでした。
そして、一番好きだった時間はヒロが歌を歌ってくれるとき。
ギターを弾きながらゆっくりと、低い声で歌ってくれるのです。
ときどき、歌詞を突然私の名前に変えたりするので、少しどきっとしたりもしました。
辛かった道のり
ヒロの歌に癒される一方、私はその頃両親の離婚戦争に巻き込まれていました。
幼い頃から両親とはうまく関係を築けなかった私。
日々心無い言葉を浴びせられたり、自分で収入を得られるようになるまではひもじい思いもしました。
ようやく大人になって、自分で自分を守れるようになると、今度は離婚戦争で私を味方につけようとする両親。
私にとっては身勝手だと感じるような言葉をかけられ、要約すると
「育てた恩を返せ」
と言われ続ける生活が辛くなってきました。
そしてそんな私の様子を、ヒロは見逃しませんでした。
「なんでもいいけどマミコは周りの事を優先しすぎるから、潰れるなよ。」
と言われ
「うん、頑張る。」
と答えると、
「今までずーっと頑張ってきたんだ。もうお休み。」
と言い、ゆっくりとギターを弾いてくれました。
ヒロの歌を聴いて私は自然と涙が溢れました。
ダムが決壊したかのように、しくしくと泣き続ける私に構う事なくギターを弾き続けるヒロ。
今は思えば、慰めてくれていたんだと思います。
散々私が泣いた後、ヒロは自分について話し始めました。
「俺がなんで左官屋やってるかわかるか?俺の親も俺が中学の頃離婚した。3組に1組が離婚する時代だよ?
珍しくもなんともない。母ちゃんは俺と妹連れて実家に帰った。俺は大学に行きたかった。
合格もしてたし東京に行くって決まってた。
そんな時に母ちゃんが死んだ。クソ親父は葬式にも来なかった。アイツは何もしない。それだけはわかった。母ちゃんいなくなって金が必要になった。
妹は昔から看護師になりたいって言ってたから。妹まで夢諦めさせるわけにはいかないから。
だから俺は休みなんていらねんだ。今妹は下宿して看護学校行ってるよ。
生意気な妹だけどな、そのうち結婚するとか言い出したら親いねえからって肩身狭い思いさせたくないから、コツコツ稼いで今200万貯まった。
皆色々あるけど、生きてくんだよ。マミコも自分を一番に考えて生きてけよ。」
ヒロへの想い
話し方は少しぶっきらぼうなヒロですが、私はヒロとただのネット友達でなくもっと近い存在になりたいと思うようになっていました。
こんなに毎日話をしてるのに、私はヒロの声しか知らない。
お互いの生活リズムに合わせて習慣づいた毎日の電話。
ある日の電話で私はヒロに
「ヒロの写真が見たい。」
と言いました。するとヒロは
「そんな意味のないことしてどうすんだ。」
と少しとげのある言い方をしました。
「だって私達もう1年もこうして話してるのに、お互いの顔も知らんなんてなんか寂しいよ。」
私は食い下がりましたが結局何度お願いしてもヒロは見せてはくれませんでした。拗ねる私に
「おい俺の住所言うぞ。」
と突然言い放ちました。
意味がわかりませんでしたが、言われるがままメモにとりました。
「本当の住所だって証明する。」
と言って、グーグルマップと同じ角度から撮った写真を私に送ってきました。
そこは山に囲まれた田舎の景色。
けれど、ヒロの気配が確かにするような気がしました。そして
「マミコの住所も教えて。」
と言われ、聞いてしまった手前断る事もできず彼に住所を伝えました。
これを聞いた皆さんは不用心だと思う事でしょう。
私も意図がわからず困惑しました。
ただ、本当にお互い存在するんだ、と少し距離が近くなった気もしました。
引き際が大切だから
連絡を取り出して2年が経とうとしていました。
ヒロが突然
「俺とばかり絡んでないで、もっと男と遊べ。」
と言い出しました。
「別に今そんな人いないから」
と私が言うと、
「それが問題だ。」
と。少し経って私の誕生日がきました。
いつも通り仕事に行き、家に帰ると宅急便が届きました。
差出人はヒロ。
何も聞いていなかったので私は物凄く驚きました。
中を開けると可愛くラッピングされた袋。
さらに袋を開けると、翌日の日付から始まる特別なスケジュール帳と手紙が入っていました。その内容は
「幸せな人生を歩んでください。」
と。すぐに私はヒロに電話を掛けました。
いつもより少し明るいヒロの声でした。
私もお礼と嬉しかった気持ちを伝えました。
すると、ヒロの声が低くなり、
「そう言う事だから、いつまでも俺なんかに構ってちゃだめだ。ちゃんと自分を一番に考えて、男とデートの予定作って、そのスケジュール帳埋めんだぞ。」
ショックでした。わかってはいたんです。
私達はネット友達だから、お互いに現実の生活がある事を。
でも私はある事に気付きました。
ヒロが鼻をすすっていたのです。
電話の向こうではきっと、おそらく、泣いていたのではないかと思います。
私は何も言えなくなって、絞り出すように
「ありがとう。」
とやっとの思いで声に出しました。それが最後です。
ドラマだったら現実に現れたりするのかもしれませんが、リアルはあっけない終わりでした。
ただ、妹の為に一生懸命生きている人がいた事を、顔も知らない私の幸せを願ってくれたことを、私は一生忘れないでしょう。