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ネットの演奏動画で出会った少女との思い出【瞳を隠した君の嘘】

今日は昔話をしようと思う。

今から五年以上前の事だろうか。
当時、俺は大学生だった。
よくある地方の冴えないFラン大学。
身バレがあれなんで、特定情報は勘弁して欲しい。

趣味はギター。
中坊ぐらいからロックに目覚めて、高校の入学祝いにお年玉貯金を足して待望のギターを買った。

フェンダーUSAのストラトキャスター・アメリカンスタンダード。
通称アメスタだ。
色はキャンディアップルレッド。
それ以来、赤いストラトを肌身離さず手にしては、ずっと密かに練習していた。

瞳を隠した演奏動画

ギターって案外、ぼっちとは相性がいいんだよね。
孤独を満たしてくれるっていうか。
そんな人見知りの陰キャだった俺には、一緒にバンドを組んでくれる仲間なんて居やしなかった。

人との付き合い方とかってよく分からなかったんだ。
ひとりっ子の両親共働きって家庭環境だったもんで。

今も昔もずっとそう。
そんな俺の音楽活動の場はインターネットだった。

みんなも『弾いてみた動画』とか『歌ってみた動画』って聞いたことあるだろ?
CDやカラオケに合わせてギターやピアノや歌をかぶせてネットに投稿するあれのこと。

最初にUPしたのは高二ぐらいの時だっただろうか。
大学生になったあの頃も、学業もバイトもそこそこに、部屋に閉じこもってギターばかり弾いていた。

YouTubeやニコ動といった動画投稿サイトに、夜な夜な演奏動画を上げる毎日
ライブハウスや軽音楽部の文化祭で盛り上がるクラスの陽キャなバンドマンたちを尻目に、俺はずっとそんな根暗な生活を過ごしていたんだ。

ギターだけが友達ってやつ。
ずっと部屋で弾きまくっていたんで、それなり腕には自信があった。
自分でいうのもなんだが、ネットの連中からの評判もそこそこ良かったんだぜ。

ネットの連中だけが俺の存在を認めてくれた。
弾いて見た動画だけが、俺のささやかな居場所だったんだ。

演奏動画ってさ、プレイヤーは顔見せしないのがセオリーなんだ。
画面に映すのは首から下と楽器だけ。
実際、俺もそうしてた。

中には「身バレ上等!」と言わんばかりに顔出ししてる輩もいるけど。
そういう連中って大半は無名なプロかセミプロがプロモーションでやってたりする。
それか恐いもの知らずの目立ちたがり屋かどっちか。

これってどうも、日本ならではのビミョーな風習みたい。
まあ、らしいといえばらしいよね。

ネットに顔は晒さない。
頭隠して楽器隠さず。
それがシャイなジャパニーズ・アマチュアミュージシャンの暗黙のルールなんだ。

彼女もそうしていた。
そう、あの頃出会った『瞳を隠した君』も――。

出会いは演奏動画のコメント欄

彼女の名前は……とりあえずユイとしとこうか。
もちろん仮名だけどね。
ガッキーと楽器を引っ掛けてってことでw
他にもネーミングの理由はあるんだけど、そこはまあ追々。

あれは、大学の2回生に進級したばかりの春の夜のこと。
俺が当時YouTubeにUPしていた演奏動画にコメントが付いたんだよね。

ユイ『すごい!めちゃかっこいいです!』

コメ主のアイコンは自撮りの横顔だ。

ユイ『イントロのツインギターのリフってオーバーダビングですか?』

曲はアイアンメイデンの『The Trooper』。
再生回数は5桁となり評判は上々だった。
だからコメント自体は沢山付いてはいたんだけど。
洋楽のマニアックな古い曲なので、コメ主は外国人かおっさんメタラーばかりだった。

そんな中で、同年代からコメントが入ったことには内心びっくりした。
しかも女の子だ。

アイコンでは長い黒髪で上手い具合に顔を隠していたが、どうやら俺と同い年かすこし年下っぽい。
細身の色白で、どこか儚げな雰囲気を醸し出していたんだ。

普段はもとよりネット動画でも、まるで縁のない女子からの思わぬ賛辞。
それに気を良くした俺は――。

俺『ありがとう!でもさ、よくこんな古い曲知ってるね。ユイちゃんもこの時代のロックとか好きなの?』

といった具合に、慣れ慣れしく親しみを込めてレスをした。
いきなり「ちゃん」呼びだぜ。

リアルのヘタレな俺なら、考えられない厚かましさだ。

ユイ『おねえちゃんの旦那さんがギターやってて。古い洋楽のこととか色々教えてもらってるんです』

俺『へぇ、そうなんだ』

ユイ『だから全然ニワカなんですけどね(笑)でも、この時代のロックっていいですよね。わたしメタリカとかも好きですよ。俺さん、リクエストとかしていいですか?』

俺『ああ、メタリカならもうUPしてるよ。OneとかBatteryとか』

ユイ『えっ、本当ですか!?』

俺『https://www.youtube.com/watch?12345786ghsadgakdashoa____』

こんな調子。
それがユイとの出会いだった。

彼女の弾き語り動画

ユイのコメントからリンクを辿ると、彼女はYouTubeに弾き語りの動画を幾つかUPしていた。

そう、ユイの仮名はシンガーソングライターのYUIにも引っ掛けてあるんだよね。
って実はまだ『もうひとつの決定的な理由』もあるんだけど。
そこもまあ追々。

ユイ『俺さんに聴かれるの恥ずかしいな……わたし、あんまり上手じゃないんで』

確かにユイのギターはあまり上手ではなかった。
ていうか、ぶっちゃけヘタクソだった。

ユイが使用していたアコースティックギターはTaylor GSmini RW ES2。
テイラーは創業1973年だけれど、有名になったのは割と最近のメーカーだ。

エレキっぽいネック形状や弾き心地、ボルトオンジョイント、UV塗装など現代的なアプローチを多く取り入れている。
生鳴りは軽めでシャープな弦鳴りが目立つタイプのサウンドだ。

カッタウェイボディ、ピックガードの形が現代的な雰囲気でかっこ良いという意見が多く、女子にも人気が高い。
通常のギターよりも一回り小柄なこちらのGSmini RW ES2は、まさに女子に打ってつけだ。

ビギナーにしては、なかなかいい趣味をしている。
そういえば『おねえちゃんの旦那さんがギターやってて~色々教えてもらってるんです』って言ってたよな。
きっと、その人の受け売りなのだろう。

ギターの腕前は素人に毛が生えた程度のユイ。
だけど歌の方はよかった。

声量は無く音程もピッチが微妙だったけど……
甘く透き通ったいい声をしていたんだ。
そこはかとなく胸をくすぐるっていうか、心に響くっていうか。

テイラーのアコースティックギターで弾き語っていたのはオリジナルの曲。
そこもまたYUIっぽかったりする。

マイナー調のせつないミディアムバラードで、素直に「良い曲だな」と感じた記憶がある。
アイコンから見受けられる彼女の儚げなイメージや声質ともマッチしていた。

おもわず泣きのギターをかぶせたくなる。
ていうか勝手にユイの動画にアドリブで合わせて弾いたりしてさ。
ひとり悦に入ったりもしていたんだ。

俺と同じくシャイなネットのジャパニーズ・アマチュアミュージシャン特有の、顔を出さない演奏動画
瞳を隠した彼女の細くて白い指先が、たどたどしくローズウッドのフレットでコードを押さえている。

慣れていないせいか、ちらちらと何度も左手を確認するユイ。
その度に長い黒髪が、淡いメイプル木目調のアコースティックギターにふわりと掛かり何度も揺らめいていた。

その時だけは、ちらりと口元が見えたんだ。
白い肌に大人びた薄紅色の口紅を差した彼女の唇が。

SNSでメッセするように

ユイとはSNSでも、やりとりをするようになった。
SNSはツイッターで、アイコンはYouTubeと同じもの。
やはり彼女の顔は確認できない。

ツイッターのメッセでは色々なやりとりをした。
お互いの学校のことやクラスメイトのこと、それからバイトのことなどなど。

特にユイは積極的に、身の周りのことを伝えてくれた。
朗らかに生き生きと、時には無邪気に。
そんなユイの屈託のなさが、俺にとっては微笑ましかった。

素直で明るくて人懐っこくて。
おまけに細身の色白の黒髪美少女。
って顔は良く見えないけど……。

クラスでぼっちで友達もなく、彼女いない歴は年の数
そんな地味オタだった俺は、謎めいた少女との出会いに内心浮かれていたんだ。

だけど、その頃の俺には知るよしもなかった。
あの無邪気なユイが、あんなとんでもない嘘を付いていただなんて――。

ビデオチャットでも彼女は

ユイ『こういうのって、なんか照れくさいですよね』

俺とユイは、しだいにスカイプのビデオチャットでもやりとりをするようになった。

服装は清楚な白いレースのワンピースを好んで着ていた。
長いストレートの黒髪に白く細い首筋。
美少女オーラ―全開だ。

だけど彼女が画面に映し出すのは口元まで。
たまに鼻が見える程度。
瞳は見せてくれなかった。

ユイは俺よりひとつ年下で、当時十八歳だった。
短大に入学したばかりだという。

どうやら彼氏はいないそうだ(超ラッキー!)
そして偶然にも俺の隣の県に暮らしていたというのには驚いた。

ユイ『俺さんって意外と男前だったんですね』

まあ、意外は余計ではあるが……
ユイとのビデオチャットでは、俺の方は自分の顔を晒していた。

ユイ『俺さんはギタリストだから、髪は長めかなって思い込んでたけど。髪も短くてさっぱりとした印象ですよね。かっこいいです』

ちょっと前まではボサボサだったんだけどね。
ユイに不潔な男だと嫌われたくなくて、美容院に行って綺麗にカットしてもらったんだ。

ともあれ女子に外見を誉められたのは初めてだ。

俺「WEBカメラのピントがずれてるんじゃない?」

と照れ隠しに謙遜したりもしたが、内心ちょっと浮かれ気分だった。

そうやってこちらが顔を晒したのは、ちゃんとユイと向き合いたかったから。
そうすればきっと、彼女の方も顔を見せてくれる筈だと思ったんだ。

だけど残念ながら、彼女がビデオチャットで瞳を俺に見せてくれることはなかった。

所詮はネットの付き合い。
だから実際に会うことはない。
だから顔を見せる必要なんてない。
ユイは、きっとそう思っているんだ。
あの頃の俺は、ずっとそう思っていた。

ユイは短大でのキャンパスライフを楽しんでいるようだった。
それに引き換えリアルな俺は、ぼっちで陰キャな地味オタくん。
大学はサボりがちでバイトも続かない。

半ば引き篭もり状態だ。
両親にも随分と心配や気苦労を掛けてしまっている。

そんな情けない自分の正体をユイに知られたくなくて……。

俺「軽音の仲間に囲まれて、明るく楽しい大学生活を過ごしているんだ」

って具合にを付いたりもしていた。

どうせネットの付き合いだ。
しかも相手は隣県とはいえ県外在住。
少々、嘘を付いたところでバレることはないだろう。

君の曲にギターを重ねたくて

ユイ『えっ、これってもしかして……あたしの曲?』

ユイと出会って数か月ばかりが過ぎた頃。
俺は彼女の弾き語りのオリジナル曲に自分でアレンジして伴奏を付けてみた。

ドラムとキーボードをパソコンの打ち込みでプログラミングして、ギターとベースは生演奏でトラックを重ねる。

いわゆるDTM、デスクトップミュージックってやつだ。
正確にはベースもギターで弾いて、PC上で音程を1オクターブ下げてある。

ユイ『すごい、まるで本物のカラオケっていうかプロの演奏みたい……』

俺『喜んでくれて嬉しいよ。ねえユイ、せっかくだからさ。コラボ動画としてUPしてみない?』

ユイ『ていうと?』

俺が作ったオケに合わせてユイが歌う。
その様子を動画に撮って、そこに俺がギターを弾いている動画を重ねる。
演奏動画の世界では、わりとよく見られる手法だ。

編集作業は俺。
アカウントも俺のを用いてUPする。
俺はネットのギター演奏動画の世界では、そこそこ有名人だった。
だからその方がアクセスが望めて、人の目に触れる機会も多くなると考えたからだ。

ユイ『はい、ぜひ喜んで!』

ユイは俺の提案を快く受け入れてくれた。
知名度ゼロの無名なユイの歌を多くの人に聞いてもらいたい。

はじめての共同作業。
俺はコラボ動画の制作に励んだ。

ユイ『俺さん、完成が楽しみですね。わたしも、もっと歌の練習をしなくちゃ!』

ふたりのコラボ動画

ユイ『すごい、俺さんすごいです。めっちゃカッコイイ!

数週間後。
俺が編集したコラボ動画を視聴して、ユイはとても喜んでくれた。
自分でもなかなかの出来映えだと思う。

こうして俺たちは、ふたりの演奏動画をYouTubeとニコ動にUPしたんだ。

マイナー調のミディアムバラード。
ユイが十七歳の時にはじめて作った曲だ。
大切なものを失った切ない心。
誰とも分かり合えない儚さや切なさ。
それらが散文的な歌詞に散りばめられてあって、やたらと胸に刺さった。

しかし疑問である。
性格は人懐っこくて明るく、私生活にも恵まれたユイのどこに、こんな孤独な感性が潜んでいるのだろうか。
その時の俺には、その理由なんて知る由もなかった。

儚く切ない孤独な心を、甘く透き通った声でやさしく歌い上げるユイ。
そこに俺氏渾身の泣きのギターが絡み合う。

そんな俺たちの演奏コラボ動画の人気は上々だった。
アクセス数も10万に迫る勢いとなり、お気に入り登録者数も跳ね上がった。

広告収益もけっこうな額になった。
オリジナル曲なので著作権侵害の心配もない。

俺のアカウントでUPしたので、収益は当然俺のものとなった。
でも、それじゃあ申し訳がない。
だから俺は収益の全額を彼女へ渡そうとした。

元々、金目的ではじめたことじゃないし。
そもそも彼女の歌や曲、つまりは才能あっての結果じゃないか。

銀行口座の振り込みでは味気ない。
だから俺はスカイプのビデオチャットで勇気を出して――。

俺『ユイに直接手渡したいんだ』

と告げたんだ。

いつの間にか俺は・・・

いつの間にか俺はユイのことが好きになっていた。

ぼっちで冴えない俺のことを、こんなにも慕って仲良くしてくれるユイ。

俺『だからユイ、俺と――』

一緒にコラボしたことで、彼女の歌の良さを改めて感じた。
と同時に、俺の中での彼女の存在の大きさを再認識したんだ。

俺はユイが好きだ。
演奏動画のパートナーとしてだけでなく、ひとりの女の子として。

俺『俺と会ってくれないかな?』

ユイの顔が見たい。
会いたい。
直接会って、この気持ちを伝えたい。
普段はヘタレな俺だけど、この時ばかりはそう強く決心した。

ユイ『俺さん……』

PCモニタの向こう側にいる、瞳を隠した少女。
彼女の薄紅色の唇が微かに揺れている。

俺『ねえユイ、俺と――』

ユイ『ごめんなさい。ちょっと考えさせて……』

ユイは震える声でそう言い残して、ビデオチャットをサインアウトした。

彼女の答え

翌晩。

大学から帰宅した俺はすぐさまPCデスクの前に座った。
そして、いつものようにYouTubeのアカウントにログインしたんだ。

俺「えっ、なんで!?」

ユイのYouTubeのアカウントは消滅していた。
慌ててツイッターやスカイプも確認する俺。

俺「くそっ、なんでだよ……」

ユイは、ネットサービスのすべてから退会していた。

俺「どうして……どうしてだよ……ユイ」

所詮はネットの顔を見せない付き合い。
だから知らない奴と直接会うだなんて煩わしい。
ていうか気持ち悪い。

きっとユイは内心そう思っていたのだろうと、その時の俺は切に感じた。

なのにさ。
ちょっとギターを褒められたり

『俺さん男前だったんでね。かっこいいです』

だなんて、おだてられたぐらいで調子に乗っちゃって……。

俺は馬鹿だ。
大馬鹿野郎だ。
今思えばあんなの全部、社交辞令。
上っ面のお世辞に決まってるじゃないか。

なのに調子こいてコラボ動画まで作ったりして。
超恥ぃ。
まったく、穴があったら入って底を突き破りたい気分だった。

俺「…………どうして…………ユイ」

じわりと視界がにじむ。

俺「…………ユイ……ユイ……ユイ…………」

その晩。
俺は彼女の名前を何度もつぶやきながら、ひとりベッドの中でうずくまった。

ネットの海にボトルメッセージを流して

俺『もう届かないかもしれないけれど』

数日後、俺はユイへの思いをツイッターのタイムラインにツイートした。
140文字には到底収まらなかったので数回に分けて。
我ながら長文乙なイタさだったよな。

まったく若気の至りというか、今思い返すと恥ずかしい限りである。

きっと、もうユイの元には届きはしない。
だけど最後に、どうしても彼女への思いを伝えたくて。
そんな気持ちをしたためて、俺はネットの海にボトルメッセージを流したんだ。

遂に念願のオフ会!だけど・・・

数週間後、俺のツイッターに新規のフォロワーからメッセージが届いた。

俺「えっ!?」

ユイ『俺さん、お久しぶりです。お元気ですか?』

O県K駅前のファミレス。

俺の地元の最寄り駅だ。
そこで俺は急遽、ユイとオフ会をすることとなった。

言い出したのは彼女の方だ。

ユイ『俺さんのツイート読みました。以前は突然姿を消してしまってごめんなさい。そのお詫びに――』

ユイの方から、こちらまで来てくれることになった。

俺「……ハア」

さっきから緊張のため息がとまらない。
俺はドリンクバーで何度もコーヒーのおかわりをしては、気を紛らわそうとした。

席の足元には密かに花束を隠して置いてある。
俺はこの場で告白をしようと、一世一代の覚悟で今日という日に臨んだのだ。

待ち合わせ時間の5分前。
髪の長い女性が俺の前に近づいて来た。
白いレースのワンピース。
PCやスマホの画面で、いつも見慣れた服装だ。

ユイ「俺さん……だよね。はじめまして」

俺「ユ……イ?」

実は彼女は・・・

彼女は想像以上の美人だった。

ビデオチャットの印象よりも、ずっと大人びている。
ひとつ年下の筈なのだが、俺より随分と年上に見えた。

ガッキーと楽器を引っ掛けてユイなんて言ってたけど、目の前の彼女は本当に芸能人の新垣結衣によく似ていた。
そう、彼女はまごう事なき正統派の年上風な黒髪美人だったのだ。

ユイ「俺くんって、実物もイケメンだね。ギターも上手だし、きっと大学の軽音楽部でもモテてるんでしょうね

舞い上がる俺氏。
しかし喜びも束の間、そこで俺は彼女から無情な言葉を聞かされるはめとなったのだ。

ユイ「あのね。彼氏いないって言ってたの、実はあれ嘘なの」

浮かれた俺を尻目に彼女は淡々と真実を語りはじめた。

ユイ「短大生っていうのも嘘。年齢もサバを読んでいてね、実は結婚して子供もいるのよ。今日は息子を実家に預けているの」

俺「そうだったんだ……ですか」

年上だと知って、一瞬で立場が逆転した。
俺は敬語に言い改めた。

彼女の方もずっと俺さんって呼んでいたのに、いつの間にか俺くんに代わっている。

ユイ「ごめんなさいね、俺くんをずっと騙していて。ひとつ年下だなんて嘘付いてたけど、本当はあたしの方が5つも年上のお姉さんなのよね」

その台詞を聞いて、俺はちょっと違和感を覚えた。

ユイ「ずっと顔を隠していたのは、その為よ。だって瞳を見せたら流石におばさんだって、すぐにバレちゃうでしょうからね」

俺「おばさんってそんな……すごくお綺麗ですよ」

ユイ「まあ、お上手ね。お世辞でも嬉しいわ」

お世辞なんかじゃない。
目の前のガッキー似の彼女は、本当に目が覚めるほど美しかった。

ユイ「普段の自分とは別人の、若い女の子を演じてみたくなったのよ。いたいけなかわいい坊やを騙して、ごめんなさいね」

俺「嘘で塗り固めた……ネットの付き合いってやつですか」

ユイ「まあ、そういうことになるのかしらね」

熱いものがこみ上げる。
俺はぽそりとつぶやいた。

俺「……俺、ユイのことが好きだった」

ユイ「俺くん……」

俺「今日も告白する気で、ここに来たんですよ」

ユイ「そうなんだ」

俺「本気だったんです」

ユイ「そう」

俺はバッグから現金の入った封筒を渡した。

「今後の収益は振り込んでおきますから」

と言い添えて。

しかし彼女は

「年下の子からお金なんて受け取れないわよ」

迷惑そうに封筒を差し替えした。

長い沈黙。
ファミレスのテーブルを挟んで重苦しい空気がふたりの間を流れた。

ユイ「じゃあ、そろそろあたしはここで」

沈黙に耐え兼ねたのか、テーブルの伝票を手にして彼女は立ち上がろうとした。

ユイ「ここはお姉さんが払っておくから」

俺「ユイ……さん。最後にひとつだけいいですか」

ユイ「なに俺くん?」

俺「さっきの会話の中で、ちょっと引っかかることがあったんで」

ユイ「引っかかること……って?」

彼女は眉をひそめた。
もったいぶって間を置く俺。

俺「ていうか、ちょっとおかしいなと思って」

ユイ「だからなによ、引っかかることって。なにがおかしいの?」

狼狽気味の彼女に向かって、俺は真っ直ぐに瞳を見つめながら言った。

俺「ユイさんって、俺の前では自分のことをいつも『わたし』って言ってましたよね」

ユイ「え……ええ」

俺「なのに今日は『あたし』なんですね。それも別の自分を演じる為の役作りなんですか?」

ユイ「そ……それは……」

彼女の麗しき端正な顔が歪む。

俺「ついでに、もうひとつだけいいですか」

ユイ「な、なによ?」

俺「最後のお別れに、あの曲を歌ってくれませんか?」

ユイ「あの曲……って?」

俺「そんなの俺たちのコラボ曲に決まってるじゃないですか。ユイさん、いやユイがはじめて作ったあの曲ですよ」

ユイ「それは……」

俺「忘れたとは言わせませんよ?」

俺はじっと彼女の目を見つめた。

女「ハア」

深いため息と共に座りなおす彼女。
しばらくの沈黙の後、彼女はようやく重い口を開いた。

女「これだけは絶対に黙っておくべきだったんだけど……ごめんなさい。あたし実は、もうひとつ君に嘘を付いていたの」

彼女の家へ

それから数週間後、俺は彼女と一緒に彼女の実家へと訪れていた。
今度はこっちが隣県であるH県F市まで足を運んだのだ。

ユイの家は大きな一軒家。
広々としたガレージには高級そうな外車が数台止まっていた。
ひと目見ただけで裕福そうな家庭環境だと分かる。

女「ここがあの子の部屋よ」

彼女に促されて、俺はノックをした。
彼女は

「じゃあ、ごゆっくり」

と言い残し踵を返した。

ユイ「どうぞ」

ネット動画やビデオチャットで聞き慣れたユイの声。
横に立つ彼女とそっくりな声色だ。

俺「ユイ……なんだよね?」

扉を開ける。
そこにはうつろな目をしたユイの姿があった。

そう。
今度こそ正真正銘、本物のユイの姿が。

彼女の正体

俺はすこし前のことを回想した。
あのファミレスの時の続きってやつだ。

女「俺くん、ごめんなさいね。いろいろと嘘に嘘を重ねちゃって……でもね、あの子に頼まれたのよ。『おねえちゃん、お願いだからわたしのふりをして俺さんに会って』ってね」

そう、彼女はユイのお姉さんだったのだ。

ユイとは六歳年が離れている。だから

『実は結婚して子供もいるのよ。今日は実家に預けているの』

と言っていた件は本当だったのだ。

ユイ姉「それで『俺さんに、わたしのことは忘れてほしいと伝えて欲しいの』ってね」

俺「どうしてそんなことを……そっか、やっぱり迷惑だったんですね。勝手に演奏動画のコラボなんて提案して、本当はユイに気味悪がられていたんですよね」

ユイ姉「ううん、そういうことじゃないの」

ゆっくりとかぶりを振る彼女。

ユイ姉「ユイは、俺くんのことをとっても慕っていたわ。いつも無邪気に話してくれて、演奏動画のコラボのことだって本当に心から喜んでいたのよ」

俺「じゃあ、だったらなんで。なんでそんな手の込んだ嘘までついて……」

ユイ姉「その理由はね……実はユイは――

瞳を隠した君の嘘

「俺……さんなんですか?」

ユイはガッキー似のお姉さんによく似ていた。
そのまま若くしただけといった印象。
見た目も声もそっくりな、まさに絵に描いたような美人姉妹だ。

ただ二点を除いては。
一点は、お姉さんの方はユイとは異なり音楽が苦手で超音痴。
だから俺に「あの曲を歌ってくれませんか」と言われた時は、心底焦ったらしい。

そしてもう一点。
ユイの方はお姉さんとは異なり――。

ユイ「その声は俺……さんなんですよね?」

お姉さん曰く、ユイは産まれつき視覚障害を抱えているそうだ。

全盲というわけではなく、ある程度の視機能はあるものの、かなり見えない状態らしい。
そのため視覚以外の感覚を使って日常生活をこなしているのだそうだ。
いわゆる社会的盲ってやつである。

普通に短大に通っているというのは嘘。
盲学校を卒業後は、ずっと家族の元で半ば引きこもりのような生活を過ごしていたのだ。

だからユイはずっと頑なに自分の瞳を画面に映し出さなかった。
演奏動画は元より、俺とのふたりっきりのビデオチャットでも。

視点の定まらない虚ろな瞳を晒してしまっては、視覚障害者だと一発でばれてしまう。
それが瞳を隠した理由だったのである。

以前、ビデオチャットで俺のことを

『男前ですね』

なんて言っていたユイ。
たけどあれは自分ではよく見えていないので、録画しておいて後日お姉さんに俺の顔を確認してもらっていたようだ。

照れ隠しに俺は

『WEBカメラのピントがずれてるんじゃないか?』

って返したりしたけれど……ようするにお姉さんのリップサービスだったのだろう。

ユイはお姉さんの旦那さんにギターを教えてもらい、簡単なコードを覚えて弾き語りを趣味にしていた。

音楽だけがユイの心の支えだった。
そんな時に、ネットの演奏動画で俺と出会ったそうなのである。

ユイ「わたし……俺さんに本当の自分を知られるのが怖くて。それでおねえちゃんに嘘を付いてもらって……」

俺「ユイ……」

ユイ「幻滅したでしょ。わたしの正体が、こんな嘘つきで……しかも身体の不自由な子だっただなんて」

ゆっくりとかぶりを振る俺。
ユイには伝わっているのだろうか。

ユイ「だから自信がなくて……ごめんなさい、わたし俺さんに嫌われるのが怖くて……」

俺「お互い様だよ。俺だってずっと嘘付いてたんだ。軽音で楽しくやってるなんて言ってたけど、本当は大学ではボッチでさ。バンドやってる友達なんていないんだよ」

ユイ「そうだったんだ……」

俺「俺、ユイに嫌われたくなくてさ。ずっと見栄を張ってたんだ。どう、幻滅したかい?」

ユイ「ううん」

首を振るユイ。

俺「なんか俺たち、似たもの同士ってやつだよね。それに真実を聞いて幻滅したなら、こうやって会いに来たりしないよ」

産まれつき視力が弱く、目の前のことがよく見えていないユイ。
だから、しっかりと言葉にして気持ちを伝えなくては。

俺は、ぎゅっとこぶしを握った。

俺「ユイ、今日は君に大切なことを伝えに来たんだ」

ユイ「大切なこと……って?」

俺「お互い、いろいろ嘘は付いて来たけど。この気持ちだけは本当なんだって、どうしてもそれを伝えたくて」

ユイ「俺さん……」

俺「ユイ、俺は――」

目の前の、初対面の女の子に向かって――ずっと瞳を隠していた彼女に向かって――まっすぐな気持ちを俺は告白した。

俺「俺はユイが好きだ」

ユイ「俺……さん…………」

彼女の虚ろな瞳から、つらりと透明な雫が流れ落ちた。

その後、彼女とは・・・

これが俺の昔話です。

大学を卒業してサラリーマンになった今でも、密かに俺はまだ演奏動画を細々とやってたりする。

だけど例のコラボ動画だけは、とっくの昔にネットから引き下げたから。
特定しようとしても無駄だよ悪いけど。

え?

『その後、ユイとは結局どうなったのか?』

って。
その結末は――皆さんの巧みな想像力に委ねるとします。

最後にひとつだけ。

俺は最近、長きに渡る遠距離恋愛に終止符を打ったばかり。

今では歌うことが大好きな専業主婦の可愛い奥さんと、幸せな新婚生活を過ごしている、とだけ付け加えておこうか。

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